がんの発生を促進するフリーラジカルとは

1.フリーラジカルとは何か?

この世の全ての物質は全て原子からできています。原子というのは物質を構成する最小の単位で、原子核を中心にその周りを電気的に負(マイナス)に帯電した電子が回っているという形で現されます。通常、電子は一つの軌道に2個づつ対をなして収容されますが、原子の種類によっては一つの軌道に電子が一個しか存在しないことがあります。このような「不対電子」を持つ原子または分子をフリーラジカル(遊離活性基)と定義しています。フリーは英語で「自由な」、ラジカルは「過激な」という意味で、フリーラジカルは自由な過激分子ということになります。

本来、電子は軌道で対をなっている時がエネルギー的に最も安定した状態になります。そのためにフリーラジカルは一般的には不安定で、他の分子から電子を取って自分は安定になろうとします。フリーラジカルとは、「不対電子をもっているために、他の分子から電子を奪い取る力が高まっている原子や分子」と定義できます。

図:フリーラジカルは不対電子をもっているから不安定。他の分子から電子を奪って安定しようとする。例えば、水分子(H2O)に放射線が当たって水素(H)とヒドロキシルラジカル(・OH)に分かれると、ヒドロキシルラジカルは不対電子を持つため、不安定になって、他の分子から電子を奪い取ろうと暴れる。

ある原子や分子から電子が一個なくなると、その物質は「酸化」されたといいます。逆に電子を一個もらうとその物質は「還元」されたといいます。フリーラジカルは他の原子や分子と反応して、相手から電子を奪い取ります。つまり、相手の物質を酸化する力が強い分子なのです。

フリーラジカルの代表は活性酸素です。私たちが呼吸によって取り込んだ酸素がエネルギーを産生する過程でスーパーオキシド・ラジカルという活性酸素が発生します。ふつうの酸素分子は16個の電子の持っていますが、スーパーオキシド・ラジカルは17個の電子をもっており、そのうち1個が不対電子になりフリーラジカルとなるのです。

スーパーオキシド・ラジカルは体内の消去酵素(スーパーオキシド・ジスムターゼ、略してSOD)によって過酸化水素(H2O2)に変わり、過酸化水素はカタラーゼという消去酵素によって除去されます。しかし、活性酸素の一部は微量元素(鉄イオンや銅イオン)やスーパーオキシドと反応して、ヒドロキシルラジカル(・OH)が発生します。ヒドロキシルラジカルも一つの不対電子をもっており、その酸化力は活性酸素のなかで最も強力で、細胞を構成する全ての物質を手当たりしだいに酸化して障害をおこします。

呼吸により取り入れられた酸素の2%ほどが活性酸素になるといわれています。白血球が有害な細菌を殺す過程でも活性酸素が発生します。活性酸素以外に一酸化窒素も細菌を殺すために白血球やマクロファージという貪食細胞から産生され、一酸化窒素と活性酸素が反応して極めて強力なフリーラジカルが発生することも知られています。炎症におけるフリーラジカルの生成の増加は、がん細胞の発生や老化を促進する要因となっています。

さらに紫外線、排気ガス、たばこ、肉体的・精神的ストレス、化学合成医薬品、食品添加物など、私たちの身の回りの生活環境や食事、生活習慣なども活性酸素やフリーラジカルの発生と関連しています。

このような体の内外から発生するフリーラジカルの害を防ぐ防御機能が体には備わっています。活性酸素を消し去る酵素(SODやカタラーゼなど)、尿酸やグルタチオンなどの抗酸化物質、DNA修復酵素などが、絶えずフリーラジカルや活性酸素を掃除してくれています。

2.老化やがんはフリーラジカルの障害がもとで起こる。

老化という現象が起こる理由には、幾つかの説があります。一つは「老化はプログラムされている」という説です。私達の体の中では毎日約200分の1の細胞がアポトーシスで死んで、残った細胞が分裂して補っています。しかし、体の正常な細胞は分裂できる回数に限りがあります。細胞分裂の為にDNAが複製するときにテロメアというDNAの一部が少しづつ短くなるために、50回くらい細胞が分裂するとそれ以上は分裂できなくなる仕組みが細胞に備わっています。60歳の人の細胞は20歳の人の細胞に比べて、分裂できる回数が確実に減っているという事実があります。体の新陳代謝のためには細胞の若返りが必要ですが、それが次第にできなくなることが老化の原因となるのです。

老化がプログラムされているのであれば「若返り」も「老化を止める」ことも不可能という結論になります。しかし、老化を促進する要因として「老化のフリーラジカル説」あるいは「障害蓄積説」というのがあります。1956年、Harmanが生体内で生じるフリーラジカルが老化に関与するとの、いわゆる「老化のフリーラジカル説」を提唱して以来、種々のフリーラジカルが、老化にともなって起こってくる病気に深く関与していることが明らかになってきました。フリーラジカルの害を抑えることができれば、老化のスピードを遅くして、いろんな病気の発生を防ぐことができることが明らかになってきました。

がん・心筋梗塞・脳血管疾患は日本人の3大死因といわれ、死亡原因の3分の2以上を占めていますが、いずれもフリーラジカルの害が関連しています。フリーラジカルを消去する体内の防御機能は歳とともに低下し、がん年令といわれる40歳台にはピーク時(20歳前後)の半分以下に減っているといわれています。生体成分の酸化障害が進行すると免疫組織を初めとする多くの臓器や組織の働きが悪くなり、血液循環が低下すると新陳代謝も低下して、ますます病気をおこしやすい体になります。

がんは老化と切り離して考えることはできません。老化とともに体の免疫力や抗酸化力・フリーラジカル消去活性は低下していきます。免疫力と抗酸化力の低下はがんの発生を促進します。つまり、フリーラジカルは老化とがん発生を引き起こす原因として最も重要なものであり、フリーラジカルの害を減らす事ががん予防の一つのポイントになるのです。

メモ:活性酸素によってできる細胞構成成分の傷

活性酸素は反応性が強いので、いろんな生体成分と化学反応をおこして障害します。これが老化の原因と密接に関連しています。遺伝子の本体のDNAは活性酸素によって鎖が切れたり、遺伝情報の文字の役目の塩基と呼ばれる部分(A,G,C,Tの部分)がはずれたり、酸化されて変化したりします。グアニン(G)という塩基が酸化されて生じる8-ヒドロキシ-2'-デオキシグアノシン(OHG)がDNAの酸化障害のマーカーとして注目されています。正常の細胞でもOHGが検出され、活性酸素が体のあらゆる部位でたえまなく生成されていることを示しています。

老化した動物は若いものより臓器のOHGの量が多いことや、組織のOHGの量ががんが発生するリスクと相関することなどが報告されています。DNAの酸化障害の蓄積ががんや老化と関係していることが示唆されています。

DNAの変異は蛋白質をつくる情報にも異常を起こします。さらに活性酸素は蛋白質自体にも酸化障害を引き起こします。蛋白質を構成しているアミノ酸の中のいくつかは活性酸素によって酸化されてカルボニル化合物という物質に変わります。脳や目の水晶体などの蛋白質のカルボニル化合物の量は老化によって増加することが報告されています。このような異常な蛋白質の蓄積は、蛋白質自体の機能を低下させ、結果として細胞や組織の機能の低下を引き起こします。

脂質が酸化された過酸化脂質は動脈硬化の原因となります。細胞膜の脂質が活性酸素の攻撃で過酸化脂質を生じると膜の性質が変わったり細胞の老化の原因となります。

このようにDNA・蛋白質・脂質など細胞を構成する成分の活性酸素による障害の蓄積が老化を促進する原因として重要であるというのが「老化のフリーラジカル説(エラー蓄積説)」です。

}

このページのトップへ