第6章:がんに立ち向かう「心」と「精神力」を養う方法

 1.がん再発を促進する不安や抑うつ状態を軽減するアロマテラピー

     【概要】
     【アロマテラピーは不安や抑うつを軽減する手軽なリラクセーション法】
     【ストレスは免疫力を低下させる】
     【ストレスや攻撃的感情は血液循環を悪くする】
     【アロマテラピーはがん治療に応用されている】
     【アロマテラピーはエッセンシャルオイルの知識を勉強してから行う】

【概要】

 アロマテラピーは、香りによるリラクセーションや癒しの効果によって、美容や健康に役立てようとする療法です。がんの化学療法中や、進行がんの緩和医療などで、治療中のストレスや緊張、不安や恐怖心を和わらげる効果があることが報告されています。
 不安や恐怖心や精神的ストレスがあると、免疫力や治癒力が低下し、がんが再発しやすい体になります。したがって、
がん治療後に襲ってくる再発への不安や恐怖心を和らげることができれば、その方法はがんの再発予防にも貢献できると考えられます。アロマテラピーによるリラクセーションや癒しの効果は、がん再発を促進する可能性がある不安や抑うつ状態を軽減する一つの手段として利用でき、前述のマッサージを併用すると効果は高まります。

【アロマテラピーは不安や抑うつを軽減する手軽なリラクセーション法】

 アロマは香り(芳香)、テラピーは療法の意味で、ハーブ(薬草)や果実から抽出した天然のエッセンシャルオイル(植物精油)を使って、主に香りによるリラクセーションや癒しの効果によって、美容や健康に役立てようとする療法です。
 心地良い香りは、理性的処理を行うという大脳新皮質を経ずに、大脳辺縁系という本能を司る大脳の深層部に直接作用して、原始感覚に基づく癒しの効果があるといわれています。エッセンシャルオイルの揮発成分(香りの分子)は主に鼻を通じて大脳辺縁系を刺激し、マッサージや温浴などで直接皮膚に作用させれば、揮発性および非揮発性の種々の成分が肌を通して吸収され、血行促進などの薬理作用も期待できます。
 臭い刺激による癒し効果を併用することは、心と体を一体ととらえて心身のバランスを目指す東洋医学思想と通じるものがあり、エッセンシャルオイルの効果を鍼灸や指圧・マッサージ治療に応用している治療院も増えてきています。エッセンシャルオイル(アロマオイル)を使ったマッサージには、マッサージ単独より癒しの効果が高いことが知られています。多くの伝統医療や自然療法において、不安や恐怖やストレスの治療において、植物の香りが利用されています。
 日本にはイギリスから紹介されたのが始まりで歴史はまだ浅いのですが、多くの植物精油が市販されており、本からの知識だけで家庭でも応用できることから、ストレスが増大する社会の中での手軽なリラクセーション法として急速に広まっています。

【ストレスは免疫力を低下させる】

 ストレスは、肉体的であれ精神的であれ、適度であれば生体機能を活性化して治癒力を高めることになります。しかし、過度のストレスは逆に生体機能の異常をきたす原因となります。
 過度のストレスががんに及ぼす最大の悪影響は免疫力を低下させることにあります(図39)。人間はストレスが与えられると、交感神経が刺激され、副腎皮質からステロイドホルモンが分泌されます。副腎皮質ホルモンは抗ストレス作用があるのですが、免疫細胞のリンパ球はこのホルモンに弱く死滅していきます。またマクロファージの貪食能も低下させます。
 不安や恐怖心などの精神的ストレスがあると、食欲がなくなり、不眠に陥って体調が崩れます。交感神経の緊張は消化管運動や分泌を抑制するので、このような状態が長く続くと、消化吸収機能の低下の原因となり、栄養障害から免疫力の低下の原因になります。交感神経の過緊張は、血管を収縮させて組織の血液循環を障害し、新陳代謝や治癒力を低下させてがんが再発しやすい体質にします。
 胸腺・脾・骨髄・リンパ節などの免疫担当器官へも自律神経が分布しています。自律神経はこれらの免疫器官の血管を支配し血流調節を司るのみならず、一部は免疫器官の実質に終わりリンパ球に直接作用して免疫反応を調節することが明らかになってきました。例えば、脾臓のNK細胞活性は交感神経活動によりアドレナリンβ受容体を介して低下します。このように
ストレスによる交感神経の異常緊張は体の免疫力を低下させて癌に対する抵抗力も減弱させてしまうわけです。逆に笑いや精神的な安心がNK細胞活性を高めることも良く知られています。

図39:ストレスは免疫力を低下させる 

【ストレスや攻撃的感情は血液循環を悪くする】 

 ストレスは交感神経を刺激します。特に人に対してイライラするとか敵意や怒りを持つ状態では、交感神経は過緊張状態になります。このような状態では血液が固まりやすくなり、血管は収縮して組織の微小循環は悪くなります。
 交感神経の末端から放出されるノルアドレナリンは細動脈の収縮を引き起こし、副腎から放出されるアドレナリンには血小板を刺激して粘着・凝集を促進する作用があります。血小板から出る血小板由来増殖因子は、血管壁の平滑筋を増殖させて動脈硬化を促進します。ストレス時には血中コレステロールが増加することが知られており、血液の粘稠度が増します。
 このような攻撃状態の時に血液が固まりやすくなるのは、生理的には合理的なことです。相手と争ってケガをしたときに、血が早く固まるほうが有利であり、体の巧妙な仕組みでもあるのです。しかし、この仕組みが、ストレスによって心筋梗塞や脳梗塞が起こりやすくなる原因ともなっています。ストレスによる情緒的失調(肝気鬱結)が血液循環の障害の原因として重要であり、精神的ストレスが発がんのリスクとなる理由でもあります。

【アロマテラピーはがん治療に応用されている】

 ストレスによる免疫力低下が、香りを嗅がせることにより予防できるという動物実験の結果が報告されています。マウスに高圧ストレスを与えると、胸腺が萎縮して免疫機能が低下します。久留米大学免疫学教室の研究グループは、このストレスを与える前3週間と与えたあとの24時間にレモンとオークモス( oakmoss )の香りをマウスに嗅がせました。すると、ストレスで引き起こされる胸腺の萎縮が防げて免疫抑制が軽減されました。
 進行がんにおける不安や疼痛の緩和の目的、さらに化学療法中の不快な副作用を軽減する目的などで、アロマテラピーはがんの治療にも利用されています。
 英国のマウント・バーモン病院のがんサポートグループでは、アロマテラピーやリフレクソロジーなどのリラクセーションテクニックをがんの治療に用いてその効果を報告しています。例えば、
乳がん患者などで、治療中の緊張、ストレス、不安や恐怖の緩和を目的にアロマテラピーとマッサージを行うとうつ状態の改善などで明らかな効果が認められています。
 がん患者の緩和療法において、通常のオイルを用いたマッサージと、ローマン・カモミルというアロマオイルを用いたマッサージの効果が比較検討されています。
マッサージには血行改善やリラクセーション効果がありますが、アロマオイルを用いたマッサージでは、不安感がより軽減されたと報告されています
 香りのあるハーブを用いたアロマテラピーは心身のストレスを癒す効果があり、漢方治療でも香りの強い薬草は気持ちを鎮めたり不安や緊張を取り除く目的で使用されています。ストレスをためないように毎日の生活の中で工夫することはがんの再発予防にも貢献します。がん治療後に襲ってくる再発への不安感や恐怖心を和らげることができれば、その方法はがんの再発予防にも貢献できると考えられます。

【アロマテラピーはエッセンシャルオイルの知識を勉強してから行う】

 植物精油の知識を持たずにむやみに使用すると有害な作用もあります。ある種の精油は皮膚や粘膜に強い刺激があり、体質によって湿疹やアレルギーの原因となることもあります。妊娠中は使用できないものも多くあります。
 そこで、自分でアロマテラピーを試してみたいと思ったら、まず本で基礎的な知識を勉強しなければなりません。書店や図書館に行けばアロマテラピーに関する一般向けの本を見つける事ができます。
自分で勉強しながらアロマテラピーを楽しむという前向きな態度も、自分でがんの再発を予防するという気持ちを強くすることになります。ここでは概略だけを説明しておきます。
 
エッセンシャルオイルはハーブショップや香りグッズを扱っているデパートや雑貨店などで売っています。通信販売で購入することもできますが、初めのうちは専門知識をもったスタッフのいるお店で、相談しながら購入するとよいでしょう。安いものではないので、多少の基礎知識をもっておくと相談もスムーズにできます。
 アロマテラピーの方法としては、
芳香浴マッサージ入浴の3つが基本です。アロマポットやディフューザー(拡散器)で室内に香りを流しておく「芳香浴」は、香りによる精神的・心理的効果を得る最も簡便な方法であり、緊張感や不安感を取り除くリラックス効果が期待できます。
 
アロママッサージはアロマオイルを用いたマッサージで、従来のマッサージに香りによる相乗効果を狙ったものです。エッセンシャル・オイルを他の植物油(キャリアーオイル)で薄めて作ったマッサージオイルを使い、皮膚を通して有効成分を身体に浸透させる方法です。エッセンシャル・オイルは肌を刺激したりアレルギーの原因になることもあるので、希釈濃度や使用するエッセンシャル・オイルについて十分な知識をもっておくことが大切です。
 家庭でもできるものとして、風呂に精油を垂らしてリラックス効果を楽しむ方法もあります。手軽にアロマテラピーを楽しむには、このバスタイムを利用するのが一番です。エッセンシャル・オイルはお湯に溶けないので、お湯に数滴たらしてよくかき混ぜてから入ります。風呂は血行を良くし、リラックスできる上に、浴室は密閉度が高いので、効率の良い
芳香浴ができます。マッサージや入浴などにアロマテラピーを併用すれば、精神的のみならず肉体的なストレスの軽減にも効果を発揮します。
 ストレスを軽減するための方法は、その人の性格などにより異なり、続けることが却って負担になるようでは元も子もありません。アロマテラピーは楽しみながら行えることと、ストレスを軽減する方法を自分で生活の中に取り入れるという気持ちを持つことで心の余裕も作ってくれます。

     目次へ戻る  ホームへ戻る                                                6章-2へ