第6章:がんに立ち向かう「心」と「精神力」を養う方法

 3.気功(内気功)は心身の歪みを調整して自然治癒力を高める

     【概要】
     【自律神経のバランスの異常は治癒力を弱める】
     【気功は心身の活動をスムーズにする】
     【呼吸法で自律神経が調節される】
     【気功は心身をリラックスさせる】
     【気功は右脳を活性化する】
     【気功は自律神経の調節や精神状態の安定に有効】
     【がんの予防や治療のために開発された気功法もある】

【概要】

 がんは体の秩序が乱れて起こるというのが中国医学の考え方です。気功は呼吸を整え、雑念を取り去って心の安静を図る自己訓練法です。呼吸法を中心にゆったりした運動を加え、生命エネルギーである「」を巡らせて健康な体をつくります。無意識下の情動や自律神経系に支配された臓器の働きをコントロールし、心身機能の異常を調整して自然治癒力を増強させます。

【自律神経のバランスの異常は治癒力を弱める】

 生体内の各々の臓器や組織は自律調節の機能をもっています。寒くなると血管が収縮して熱の放散を防ぎ、食べ物が入ってくると消化管は消化液を分泌し運動が亢進します。このような機能は意識とは独立して起こりますから自律機能といい、それを調節しているのが自律神経です。自律神経系は生体の内部環境の恒常性を維持調節する要といえます。
 自律神経系は
交感神経副交感神経の2つがあり、大部分の内臓臓器は両方の分布をうけ(2重支配)、両者の作用は拮抗的で、一方が促進的に働くともう一方が抑制的に作用します(拮抗作用)。例えば、心臓では交感神経が働くと脈が速くなり、副交感神経が働くと心拍数は減少します。逆に胃・小腸・大腸など消化管の運動と分泌は、副交感神経が刺激し、交感神経により抑制されます。このように両神経の釣り合いによって生体の諸機能は調節されています。
 一般に交感神経は活動に適した状態に体の機能をもっていき、副交感神経は活動に備えるための栄養と休養の状態を整える神経系といえます。活動時には交感神経活動が高まり、その結果心機能が高まり、気管支は拡張して呼吸は容易となり、他方消化管の機能は抑制されます。副交感神経が高まると消化管の働きが活発となり、食物の消化吸収が亢進し、心臓などの働きはむしろ抑制され、体力を回復させる体内環境を作り出します。
 生体の状況に応じて体内環境を調整し、生体の
恒常性(ホメオスターシス)を維持する上で自律神経は極めて重要な役割をもっています。そのバランスが取れているときには、交感神経は臓器機能や新陳代謝を活性化することにより治癒力を高め、副交感神経は栄養素の消化吸収と体力の回復を計ることにより治癒力を高めることになります。しかし、自律神経のバランスが崩れて、過度な交感神経緊張状態に陥ると、末梢血管の収縮により血液循環が悪化し、活性酸素の産生も高まり、消化管機能も障害されて治癒力は低下します。交感神経優位の時は免疫力も低下します。副交感神経の過度な緊張は、内臓臓器の血流や組織の新陳代謝を低下させて、やはり治癒力を損ないます。このように、自律神経系のバランスの異常は、どちらに転んでも治癒力を低下させる原因となり、がんを促進させる要因となるのです(図40)。

 
図40:自律神経機能と治癒力の関係。自律神経系のバランスの異常は、治癒力を低下させる原因となり、がんを促進させる要因となる

【気功は心身の活動をスムーズにする】

 東洋医学では、生命活動を推進する生命エネルギーとして「」という概念を用いています。気の量が不足したり巡りが悪いと、血液循環や新陳代謝が悪くなって臓器の働きが低下すると考えています。自律神経系の機能は「気」の機能と通じる点が多く、自律神経系の失調は、東洋医学的には気の巡りの停滞に相当するといえます。
 気功の功とは「訓練」の意味を持っており、
気功というのは「気の訓練」と言えます。気功の効能は、東洋医学の概念では、体内の気(生命エネルギー)を養い、気の流れを円滑にすることにより、新陳代謝を促進し、免疫力を増強して病気を予防・治療できると考えています。「気」という言葉を用いると実体のない説明になりますが、心身の活動をスムーズにして治癒力を活性化する方法だと言えます。
 気功の歴史の源流は非常に古く、中国では四、五千年の歴史を持つといわれ、医療面と武術面に活用され、その流儀(流派)は2千種以上存在するといわれてます。気功は
静功動功の2つに大別されます。静功は静止して行なう気の訓練であり、仏教や道教などの修行法に含まれている瞑想などがあります。一方、動功というのは、身体運動を伴った気の訓練法であり、これは武術、医療、健康法などに関連して行われています。
 動功はさらに、
内気功外気功に分けられます。内気功は自分自身で気の訓練を行なう場合であり、体に内在する自然治癒力を活性化することによって患者自身が自己治療、あるいは健康の保持と増進に努力することを目的として行ないます。これに対し外気功は、訓練を積んだ気功師が自分の体から発する気の働きによって患者に対する治療を施す場合で、中国ではこれが医療の一環として制度上公認されています。がんの再発予防法として有用性が期待できるのは、自分自身で行う内気功であることは容易に理解できると思います。

【呼吸法で自律神経が調節される】

 呼吸法による健康増進の理論的根拠の一つとして、随意的な呼吸運動によって自律神経系に作用を及ぼすことが挙げられています。呼吸活動には不随意呼吸随意呼吸があります。日頃の呼吸は、内臓などの活動と同じように自律神経系に支配され、意識的に行っているものではなく、これを不随意呼吸といいます。一方、状況に応じて意識的に呼吸のリズム、時間配分を変える呼吸を随意呼吸といいます。
 人間がリラックスしているとき呼吸は深くゆっくりしています。緊張すると呼吸が浅く、短く、乱れています。この原理を応用して、
深くゆったりと呼吸することで心身をリラックスさせることができます。気持ちが高ぶったときに随意的に深呼吸をすると気を鎮めることができ、血圧を下げたり、心拍数を減らしたりというように自律神経の作用を変えることも可能です。これは、呼吸運動が運動神経と自律神経の両方に支配されているため、随意的な呼吸運動によって大脳皮質と自律神経系の間に条件反射性の一時的結合を作り出すことができるためと考えられます。気功だけでなく、ヨガや座禅や武道などでも呼吸の仕方がもっとも大切なこととされていますが、これは呼吸の仕方が精神の安定に影響するからです。
 健康増進に役立つごく簡単な呼吸法は「
息を意識してゆっくり長く吐く」というものです。息を吸うときは自然にまかせます。意識して吸うと体のどこかに力が入ったり、疲れが残ったりします。息を意識してゆっくりと長く吐き、深く吐き切ったところで力を抜けば、スポイトの原理と同じように無理なく新鮮な空気が体の中に入ってきます。こうするだけで、自然に深く息を吸うことにもなり、体の隅々まで酸素が行き渡って新陳代謝が良くなります。また心身の緊張がとれてリラックスすることができ、自律神経の働きも調整されます。
 動物にとって自然な呼吸は
腹式呼吸です。腹式呼吸とは、横隔膜と腹筋を使う呼吸です。下腹をゆるめながら鼻から徐々に息を吸います。次に下腹をしぼませながら、鼻か口からゆっくり息を吐き、最後まで吐ききります。休憩時間や仕事の合間に、気がついた時に数分間、上記の呼吸法を行うだけで効果が期待できます。
 悲しみ、怒り、恐怖、不安などのストレスにさらされることにより、人間は自然な腹式呼吸を忘れ、浅い胸式呼吸を行っていることが多いといわれています。ノイローゼや自律神経のアンバランスも、腹式呼吸により改善できることが知られています。
腹式呼吸による腹腔の収縮と拡張は、腹部臓器の血液循環を改善し、その結果として、消化機能を高め、生体防御能や自然治癒力を強化し、ストレスにも強くなり、抗老化とがん予防にも効果が期待されます

【気功は心身をリラックスさせる】

 気功の基本は調身・調息・調心の3つにあります。調身とは姿勢を整えることであり、調息とは呼吸を調整すること、調心とはリラックスした精神状態をつくることです。
 気功状態に入ることを
入静といいます。入静とは心に雑念のない状態であり、非常にリラックスした状態で、脳波ではアルファ波が増加することが知られています。大脳新皮質を抑制し、全身をリラックスさせるため、感情をほどよくコントロールすることを可能にし、抑圧された大脳旧皮質の活性化にもつながります。つまり、日頃ストレスとなっていることも、この訓練によってストレスではなくなります。また、気功法を実践すること自体が、自分自身で自分の心によい影響を与えるプラス暗示となり、心身両面によい影響を及ぼします。
 自然で無理のない姿勢をして体の筋肉の緊張をとると、心の緊張もほぐれやすくなります。心が安らかで、雑念を払い(調心)、ゆっくりと腹式呼吸を行い(調息)、入静していくと、全身の余分な緊張を抜いて体もまたリラックス(調身)できます。
 心と体をよりよくリラックスさせれば、自然で安らかな状態に落ち着くことができ、内臓機能が調整され、血液循環やホルモンの分泌が促進されて身体機能にも作用します。このように、調身、調息、調心の三調節は、互いに補足しあう関係にあって、心身のリラックスを得る有効な手段となります。
 気功では、意念を働かせて気をめぐらせるようなイメージを積極的に持つようにします。
意念とは、意(心に思う)と念(いつまでも思い続ける)の字義で、念じるように意識する精神活動です。気は意念(心)によって影響を受けると考えることが、東洋医学思想の重要な点で、気功は一種のイメージ療法ともいえます
 この考え方は、西洋医学の知識とも矛盾はしません。自律神経系を調節する中枢は主に脳幹と視床下部にあり、その中枢性調節によって全身の交感神経と副交感神経の調和した機能が営なまれます。さらに最近では大脳辺縁系・大脳皮質・小脳などの高位の中枢神経系のいずれもが自律神経系の調節に関わっていることが明らかになってきました。例えば、精神的に興奮すると心臓は速くうち、血圧が上ったり、顔面が蒼白になるのは大脳皮質や辺縁系の感情興奮が自律神経、とくに交感神経に影響するからです。精神活動や情動をコントロールすることは、自律神経を正常に調節することにつながるのです。

【気功は右脳を活性化する】

 脳はその機能分担から左脳右脳に分けて考えられています。左脳は論理的な情報処理を受け持ち、右脳は直感やイメージなどを司っています。通常は左脳が優位であり、右脳はあまり活性化されていません。しかし、意念を働かせて気をめぐらせるようなイメージを積極的に持つことにより、右脳は活性化され、左右の脳のバランスのとれた脳全体の活性化につながります。
 このことは脳波を用いた研究などで証明されています。
右脳を活性化して左右両脳のバランスをとることは、ストレスを解消し、ポジティブな精神状態を作り出して自然治癒力を増強する上でも役立ちます。イメージ・コントロール療法などにより右脳を活性化することは、このような理由から自然治癒力を活性化することに寄与します。自然治癒力を高める鍵は心が握っているという観点から、右脳活性化も自然治癒力を高める上で大切です。
 気功によって、右脳が活性化され、脳内神経伝達物質の働きが活性化されることが示されています。たとえば、ドーパミンは別名「快楽ホルモン」とも呼ばれ、脳を覚醒させ、快感を誘い、意欲を発揮させる重要な神経伝達物質ですが、気功により脳全体を活性化することによりドーパミンの分泌が促進されるといわれています。
 ドーパミンの他にも、ベータ・エンドルフィンや副腎皮質刺激ホルモンなどの伝達物質の分泌にも作用することが指摘されています。ベータ・エンドルフィンは強力な鎮痛・快感作用によって、精神的ストレスに対抗することができます。副腎皮質刺激ホルモンは、副腎皮質からグルココルチコイドというステロイドホルモンを分泌させ、これは、炎症やアレルギーなどのような不快な身体的ストレスを軽快させる働きをもっています。このような体内に存在するストレス解消システムも自然治癒力のひとつです。したがって、気功により意欲や快感といったポジティブな精神状態を作って気持ちの持ちようを良くし、さらに心身のストレスを解消して、自然治癒力を活性化させるということも大脳生理学や精神神経免疫学の観点から科学的に納得できるのです。
 このように意念によって右脳を活性化し、無意識の情動をコントロールし、さらに呼吸法によって自律神経の働きを調整することによって、身体の生理的レベルにおいて一定の客観的効果を現わすことが可能です。瞑想法や気功などが健康法としての役割を持ち、自然治癒力増強にも役立ち、医療にも応用されているのはそのためです。

【気功は自律神経の調節や精神状態の安定に有効】

 西洋医学でもイメージトレーニングの有用性が認識されているように、気功も意念(=イメージ)によって気の巡りを良くすることにより、自然治癒力を高めることを目的とした一種のイメージトレーニングと考えることもできます。「意念=イメージ」を集中させ、右脳を活性化することができます。また、気功を行なうことにより、心と体の調和をはかり、さらに心身と自然の調和をはかることができ、一種のセルフコントロールの技法とも言えます。
 今日、セルフコントロールの方法として、
自律訓練法バイオフィードバック法など多くのものが実践されています。これらの治療原理は、意識的に自分の体をコントロールするという意味では気功の治療原理と一致しています。
 気功法は、自分の積極性を最もよく発揮できるセルフコントロール療法であり、ストレスを追い払い、自律神経系を調節し、さまざまな病気を治すのにも効果を発揮できます。気は心と体をつなぐばかりでなく、人体と宇宙や自然とをつなぐ架け橋ともなる概念です。人体というミクロコスモスと、宇宙というマクロコスモスの間に交流を作り出すことを、気功は可能とします。ミクロコスモスとマクロコスモスにあまねく存在する「気」と合一し、自然や宇宙との一体感をもたらすような
変性意識状態(Altered state of consciousness)を作りだすことにより、より心身のリラックスが促進され、単なる休息やリフレッシュ以上の健康増進効果が期待できるのです。気功を行っているときの意識状態の特徴は、自分と宇宙・自然との一体感であり、瞑想やヨーガや座禅も同様です。

【がんの予防や治療のために開発された気功法もある】

 気功の流派は多いので鍛練の方法を一概に説明することはできません。これらの中で、郭林により創始された新気功療法は、がんの予防や治療に効果がある気功として知られています。郭林は自分自身が子宮がんを患い、何回も手術を受け、そのがんを克服するために、古くから伝わる中国の各流派の気功法を研究し、西洋医学や中国医学の理論や知識を結合させて改良を試みました。そして、彼女自身の数十年来の気功鍛練の実践と臨床実践をもとに、旧気功法を改良して、新気功がん予防治療法として確立しました。その後の長い臨床実践によって、この新気功法ががんに対して有効であり、がんを予防・治療する作用を発揮することを示しています。がん癌予防効果については、直接的な証明は困難ですが、進行がんの治療において有効な成績を上げているようです。新気功法は、体の内臓の機能と自己の自然治癒力を十分に働かせて、種々の疾病を根本的に治すことを目的としています。新気功療法は日本でも実践され、普及している団体があります。これはインターネットで検索すればみつかります。
 健康の保持や病気の予防においては、医師や薬剤師などに頼るような他人任せの態度だけでは片手落ちです。自分の体は、日々の養生や心の持ち方でコントロールでき、養生法の実践やセルフコントロールの技法を身につけるなど、より積極的に自分自身で行なう態度が大切です。
がんの治療において、がんに立ち向かい克服しようという気持ちの強いひとはそうでない人より延命することが知られています。
 気功を行なうことにより、患者自身が自分から進んで努力し、自己鍛練によって自己の内気を働かせ、心身の歪みを調節し、自分自身の鍛練を通して疾病を除去し、健康を回復するという自発性を持たせることができます。すなわち、気功は能動的自己制御の鍛練であり、自然治癒力を高める点から一種の能動的免疫療法ともいえます。費用がかからず、薬害や苦痛もなく、体そのものを強くするという長所も持っており、セルフコントロールを介して自然治癒力を作動させるための手段とも言えます。


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