第6章:がんに立ち向かう「心」と「精神力」を養う方法

 5.森田療法の原理を応用した「生きがい療法」

     【概要】
     【抑うつ的な性格はがんの再発を促進する】
     【不安やうつ状態を改善すればがん再発を減少できる】
     【うつ病にならないためにはどうしたらよいか】

【概要】

 がんに対する不安、悲しみ、憂鬱を少なくし、病気に打ち克つ闘争心、生きがい、ユーモアを大きくすることは、がんの治療効果を高めます。がんの治療や再発予防のために森田療法の原理を応用した治療法に伊丹仁朗博士が実践している「生きがい療法」があります。生きがい療法は、がんや難病になった場合、その不安、ストレス、死の恐怖などに上手に対処し、生き甲斐をもって生きるための心理学習プログラムです。あるがままを受け入れて、できるだけ楽しい生活を送る工夫(旅行や趣味など)、前向きで生きがいをもった生き方ががんの予後を改善することはよく知られています

【抑うつ的な性格はがんの再発を促進する】

 性格や心理的要因と病気の発症や進展との密接な関連が指摘されています。特にがんに関しては、多くの研究者が、性格とがんとの強い相関関係を発見しており、気持ちの持ちようが生存率に影響することを確認しています
 紀元2世紀のローマの医学者ガレヌスは「がんは陰気なことを考える人に起こりやすい」といっています。特に乳がんの患者さんには、抑うつ的で暗い生活を送っている人が比較的多いようにも感じますが、うつ病が乳がんの発生率を高める可能性も指摘されています。
 ジョンズホプキンス大学の公衆衛生学部のガロ博士らは、Baltimoreの約二千人の住民を13年間追跡調査して、その間に新たにがんが診断された203人について、うつ病とがん発生との関連を検討しています。うつ病(Major Depression )やdysphoric episodeががん全体の発生率を高めることは認められていませんが、うつ病をもった女性では乳がんになる危険度がうつ病でない人の3.8倍であるという結果が得られています。乳がんはホルモンの影響を受けるので、抑うつ的な精神状態がホルモンバランスやさらに免疫力に影響して乳がんの発生に関与しているのかもしれません。
 
がんに対して悲観的な考えをもった人達は、医者が予想する以上に急速に病状が悪化する傾向にあります。これに対して、がんの宣告を受けた後も、楽観的な態度を持ち続けていると、予想以上にがんの進行がゆっくりであることも経験されます。

【不安やうつ状態を改善すればがん再発を減少できる】

 ユーゴスラビアの心理学者、ロナルド・グロサルト・マティセクの研究によると、がんになりやすいのは感情を抑圧し絶望感に落ち入りやすい性格の持ち主であり、心臓病になりやすいのは、特に敵対心や攻撃心に関連した葛藤をかかえる性格傾向の持ち主であることを指摘し、がんや心臓病による死亡率をカウンセリングによって実際に減少できることを示しています。マティセクが用いたカウンセリング療法の中には、リラクセーション法、感覚解放法、自己モデル変更法、暗示療法、催眠療法、視覚的イメージ療法、その他の標準的な行動療法が含まれています。
 
がんの再発予防においては、不安によるストレスや抑うつ状態をうまく対処することは極めて重要です。ストレスによって心身の調和が乱れ自然治癒力が低下すればがんの増殖が促進されます。事業の失敗や配偶者の死亡など人生上における大きな挫折や悲しみを受けたあと、気分が落ち込んで希望を失い、生への意欲を失うような人と、そのような挫折や悲しみを積極的に克服できる人とを比べると、その後にがんが発生する確率が前者のほうが明らかに高いという報告があります。仲のよい夫婦で、相手に死なれると自分にもがんが出てくる「後追いがん」の例が結構多いといわれています。生きる支えを失うということが最もがんの進行に影響するようです。
 積極的な心理療法を行なうことによりがんの生存率に差が出ることが、スピーゲルやグリアーらの研究で指摘されていることは前に記述しています。独りで闘病生活を送ることは抑うつ的な精神状態にさせます。患者同士の交流や、家族や医療従事者によるサポートを行うための「
患者の会」のような組織を活用することも、がん再発の予防に有用ですし、笑いを取り入れたり、生きがいを持つための療法も免疫力を高めて、がん再発予防に有効です。
 
笑いとユーモアが無用の不安や緊張を解きほぐし、心と身の健康を守るということは常識になっています。精神神経免疫学の領域では、笑いというプラスの精神活動が、がん細胞を攻撃するNK細胞などの働きを活性化して、がんに対する抵抗力を強化することが、多くの研究にて確かめられています。

【うつ病にならないためにはどうしたらよいか】

 うつ病や抑うつ状態にならないこと、前向きのプラス思考を持つことは、がんを予防し、がんと闘うために大切なことはよく知られています。しかし、「プラス思考を心掛ける」といっても、そう簡単には実現できません。病気に直面すれば、不安がくり返し押し寄せてきます。そんな不安や死の恐怖に対峙したとき、どんなに楽天家の人でもプラス思考を持続することは容易ではありません。がんになったという現実に直面してしまうと、だれもが不安を感じてしまうものなのです。
 不安と上手につきあっていくことができれば、がんや死の恐怖に対処でき、うつ病になることもありません。そのための方法としてとても有効なのが、日本で生まれた
森田療法です。
 森田療法というのは、いまから70年前に東京慈恵医大精神科の森田正馬教授が開発し、神経症の治療に成果をあげてきた治療法です。森田療法では「あるがまま」を受容して、不安や死の恐怖の「とらわれ」から抜け出すための解決法を示してくれています。がん再発の目的で森田療法を受ける必要はないのですが、再発の不安から開放されるための方法論として参考になります。
 
不安や恐怖は、生きようとする欲望と表裏のものであり、人間にとって自然な感情なのです。しかし神経質でくよくよする性格の人は、不安や恐怖を「あってはならないもの」として排除しようとするあまり、かえってそれにとらわれて逆に不安が募るという心の葛藤が起こりやすいのです。森田療法では、それを『とらわれ』と言いますが、あるがままの自分を認めて生きることによって、とらわれから抜け出せ、「生の欲望」か発揮され、自己実現へと向かって行きます。したがって、がんの不安から開放されるための基本は、自分ががんである事を事実として正しく認識し、あるがままを受け入れることです。
 
あるがままを受け入れて、できるだけ楽しい生活を送る工夫(旅行や趣味など)、前向きで生きがいをもった生き方を実践すれば、がんの予後を改善することができます。そのような目的で、伊丹仁朗博士は森田療法の原理を応用して、不安、ストレス、死の恐怖などに上手に対処し、生き甲斐をもって生きるための心理学習プログラムを「生きがい療法」として開発しています。詳細は「生きがい療法実践会」に問い合わせれば実践できます。インターネットで検索すれば最新の情報を入手できると思います。


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