高麗人参、紅参、田七人参、アメリカ人参など


【抗がん作用の根拠】

 高麗人参(Panax ginseng)およびその類縁の田七人参などは、種々のストレスに対する体の抵抗力を高め、各種のがんによって引き起こされる食欲不振や体力減退、がん治療後の身体衰弱や生体防御能の低下の改善に効果があります。
 漢方では、高麗人参は「気」の量を増す薬(補気薬という)の代表です。「気」というのは、生体エネルギーを表わす漢方の考え方で、気の量が不足すると、疲れやすく、倦怠感や抵抗力低下が起こります。高麗人参は体のエネルギーを増やすことによって、体の抵抗力や自然治癒力を高めると考えられています。
 体の抵抗力や自然治癒力を高める高麗人参の代表的成分はジンセノサイドというステロイドホルモンと似た構造をもつ成分で、10種類以上のジンセノサイドが知られています。
 ジンセノサイドは蛋白合成を促進し、新陳代謝と免疫力を高める効果があり、ジンセノサイドの中には、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果を有するものも報告されています。
 ヒトの疫学的調査で、高麗人参のがん予防効果が韓国から報告されています。

【注意すべき点】

 高麗人参は、がん治療における消耗した体力の回復促進やがん再発の予防効果が期待できますが、それは、体力・気力が低下して免疫力や新陳代謝が障害されている場合と考えておいた方がよいと思います。細胞の代謝を賦活する作用が強く、血管拡張作用や免疫増強作用があるので、炎症性疾患や熱がある状態では病気を増悪させる場合もあります。がん細胞の増殖が強いときには、人参の蛋白合成亢進作用などががんの悪化につながる可能性もあり、単独での過剰摂取は推奨できません。単独のサプリメントとして使用するより、他の生薬と組み合せた漢方薬としての利用の方が安全です。
 元気が有り余っている人や高血圧や肥満のある人は、人参を単独で大量に摂取すると、むくみや興奮・不眠・のぼせ・顔面紅潮などのほか、湿疹、血圧上昇などの有害作用が見られることがあるので注意が必要です。

【メモ1】高麗人参には自然治癒力を高める多くの薬効成分が含まれている

 高麗人参は朝鮮人参や薬用人参と呼ばれ、昔の高麗国(朝鮮半島)に自生していたウコギ科の多年草で、多くの栄要成分を含む根が、古く4〜5千年前より不老長寿の薬草として使用されてきました。高麗人参を1度栽培すると、その土地は極端にやせてしまい、以後15年は農地として利用が出来ないと言われるほど、大地に含まれるありったけの栄養分を存分に吸収して育ちます。
 人参の学名はPanax ginsengといいますが、このPanaxという属名はギリシャ語のPan(万能)とacos(薬)から名付けられたものであり、ヨーロッパでも古くからその多彩な薬効が注目されていたようです。高麗人参を蒸した後に熱風乾燥して作ったものを「紅参(こうじん)」といい、がん予防効果が特に強いことが報告されています。
 高麗人参の類縁の田七人参、アメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) などを材料にした悪性腫瘍を対象にした健康食品も多く販売されています。このような高麗人参およびその類縁のものをGinseng(ジンセン)と総称しています。ちなみに野菜の人参はセリ科の植物でありGinsengとは全く異なるものです。
 Ginsengの臨床的効果は、消化吸収機能を高め、種々のストレスに対する生体の抵抗力を強くすると考えられます。蛋白合成や新陳代謝や血液循環を高め、血中の免疫グロブリンを増加させ、マクロファージ(体内の異物を細胞内に取り込み消化する食細胞の一つ)や好中球の貪食能を高めて免疫力を増強します。男性ホルモン増強作用、細胞寿命延長作用、抗腫瘍作用、精神安定、精神賦活作用なども報告されており、まさに自然治癒力を高める全ての条件が含まれています。ソ連のブレフマン(Brekhman)教授は「種々のストレス刺激に対する非特異的な抵抗力を増し、生体の働きを助ける」作用から、薬用人参をAdaptogen(適応促進薬)と呼びました。イギリスのフルダー(Fulder)博士は「生体の生理機能を調和させるハーモナイザー(調和薬)」であるといっています。
 漢方では、高麗人参は「気」の量を増す薬(補気薬という)の代表です。「気」というのは、生体エネルギーを表わす漢方の考え方で、気の量が不足すると、疲れやすく、倦怠感や抵抗力低下が起こります。高麗人参は体のエネルギーを増やすことによって、体の抵抗力や自然治癒力を高めると考えています。
 体の抵抗力や自然治癒力を高める高麗人参の作用は、一つの成分によるものでなく、多くの成分が関与していて複雑です。治癒力を高める代表的成分はサポニンと呼ばれる物質です。サポニンは英語で、フランス語ではシャボンといい、泡立つものという意味です。サポニン自体はいろいろの植物に含まれていますが、人参サポニンはジンセノサイドというステロイドホルモンと似た構造をもつサポニンが主成分で、10種類以上のジンセノサイドが知られています。
 人参サポニンは蛋白合成を促進し、新陳代謝と免疫力を高めます。人参サポニンの中にはがん細胞を殺し、転移を抑制するものも報告されています。サポニンには抗酸化作用もあり、発がん物質による遺伝子の変異を抑える作用(抗変異原性)を持つ人参サポニンも報告されています。高麗人参はこのような複合的な効果によって、抗がん力を高めることができるのです。
 高麗人参は、各種の悪性腫瘍によって引き起こされる貧血、気力減退、食欲不振、倦怠感などの改善に有効で、さらにがんの侵襲的治療(手術、抗がん剤、放射線照射)による骨髄障害や肝障害や免疫機能低下を抑制し回復を促進する効果もあります。最近では、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果や、がんの発生を予防する効果が報告されていて、がん治療後の再発予防にも効果が期待されています。
 薬用人参は、虚弱体質の胃腸疾患に用いられる漢方薬には人参が配合されていますが、消化吸収機能を高め、体力や抵抗力を高めて種々のストレスに対する適応能力を高めることができるので、虚弱体質自体を治す効果も期待できます。このように複数のメカニズムで体の自然治癒力を高めるような西洋薬はありません。

【メモ2】高麗人参のがん予防効果

 高麗人参のの薬理作用に関しては古くから多くの研究が報告されています。人体における滋養強壮効果については、人体実験で効果が証明されていると言えます。冷戦時代のソ連では軍隊を強くするための研究で高麗人参の有用性が確かめられています。すなわち、高麗人参を服用させた群とさせなかった群で、兵隊の体力やストレスに対する抵抗力を検討した結果、高麗人参を服用させた群が勝っていたという結果が報告されています。
 ヒトの疫学的調査で、高麗人参のがん予防効果が韓国から報告されています。40歳以上の4634人を対象に、高麗人参の摂取状況とがんの罹患率を検討したところ、高麗人参を長期間摂取している人たちは、がんになるリスクが半分以下に減少していることがわかりました。高麗人参によるがん予防効果は特定の種類のがんに限定するのではなく、胃がんや肺がんなど多くの種類のがんに対して予防効果があるようです。たとえば、高麗人参非摂取グループの発がんリスクを1にした場合、高麗人参を摂取したグループの胃がんになるリスクは0.33で、肺がんになるリスクは0.30と減少し、その効果は用量依存的で高麗人参を多く摂取している人ほど発がんリスクが低かったと報告されています。高麗人参の中でも後で述べる紅参が最もがん予防効果があるそうです。
 がん細胞の増殖や転移を抑える成分についての研究も多く報告されています。腸内細菌が人参サポニンを代謝して作り出す物質の中に、がん細胞にアポトーシス(細胞死)を引き起こしたり、転移を予防するものが見つかっています。がん細胞の増殖や転移を抑制するジンセノサイドRh2のサプリメントメントも販売されています。
 発がん剤と腫瘍プロモーターを用いた二段階皮膚発がん実験において、紅参は発がんを抑制し、マウス肉腫やメラノーマの移植腫瘍の増殖に対する抑制作用も報告されています。また人参サポニンの代謝産物には抗変異原性作用があることも報告されています。
 今まで報告されたヒトの疫学的調査や臨床試験、動物実験の多くが薬用人参ががん予防に有効であることを報告しています。高麗人参の免疫賦活作用、抗変異原性作用、がん細胞の増殖や転移の抑制作用など複数の作用によって、がんの発生や悪性化の進展を抑制する効果を示すエビデンスは十分に蓄積しています。

【メモ3】高麗人参の正しい使い方

 高麗人参を含む補中益気湯十全大補湯という漢方薬には、進行がん患者の食欲不振や全身倦怠感の改善が認められています。抗がん剤や放射線治療のような攻撃的な治療を行っている時には、体力や免疫力の低下を防ぐ効果が期待できます。しかし、がん細胞が活発に増殖している時には、このようながんの勢いを抑える治療を行わずに、体力や免疫力を高めるだけの治療を行っていると、がん細胞も一緒に活性化される可能性もあります。がんの漢方治療では、滋養強壮の生薬と一緒に、抗炎症作用や抗腫瘍効果のある生薬を併用したり、血液循環や新陳代謝や解毒機能を良くする生薬を組み合わせることによって、がん細胞が活性化しないような配慮をするのが基本になっています。このような配慮をせずに、単に滋養強壮作用だけを目標にするとがん細胞も元気になるということを経験的に知っているからです。
 高麗人参は一般的にはがん再発の予防効果が期待できますが、それは、体力・気力が低下して免疫力や新陳代謝が障害されている場合と考えておいた方がよいと思います。細胞の代謝を賦活する作用が強く、血管拡張作用や免疫増強作用があるので、炎症性疾患や熱がある状態では病気を増悪させる場合もあります。例えば、慢性関節リュウマチで関節の腫れや熱が強い時期には、人参は症状を悪化させることがあります。がん細胞の増殖が強いときには、人参の蛋白合成亢進作用などががんの悪化につながる可能性もあり、単独での過剰摂取は推奨できません。
 元気が有り余っている人や高血圧や肥満のある人は、人参を単独で大量に摂取すると、むくみや興奮・不眠・のぼせ・顔面紅潮などのほか、湿疹、血圧上昇などの有害作用が見られることがあるので注意が必要です。
 ただし、紅参には動脈硬化の進行を抑える作用や、血管を拡張して高血圧を改善する作用もありますので、血圧が高いことは人参を避ける根拠にはなりません。元気が有り余っているように見えても、免疫力や新陳代謝や血液循環が悪い人は多くいます。服用して体調が悪くなるなら、上記の理由で薬が合っていないと考えてやめることが大切です。それが正しい薬の使い方です。
 昔から薬用人参(Ginseng)のエストロゲン様活性が指摘されていて、今でも乳がん患者でのGinseng(高麗人参やアメリカ人参など)の使用の可否について議論されています。特に、代替医療で最も影響力のあるアンドルー・ワイル博士が多くの著書の中で、「Ginsengにはエストロゲン様作用があるので、子宮筋腫、乳腺症、乳がんといったエストロゲン依存性の疾患には使用すべきでない」と記述しているため、乳がん治療に漢方治療を行うときに、人参の使用が問題視されています。乳がん患者さんからの健康食品や漢方薬に関する質問でも、この点がよく問題になります。
 アメリカを中心とする乳がん治療のガイドラインでは、ハーブの使用を制限していますが、その理由の一つはそれらに含まれるフィトエストロゲンなどのエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤との相互作用が懸念されているようです。薬用人参もエストロゲン様活性があるから使用してはいけないという意見が多いようです。
 しかし、アンドルー・ワイル博士の記述はかなり古い研究結果を基にしており、最近の研究ではGinsengのエストロゲン様活性は乳がん細胞の増殖を促進するものではなく、逆に、乳がんに対して増殖抑制効果を持つことが報告されています。最近の多くの研究は、 1)薬用人参にはエストロゲン様活性はあるが、エストロゲンレセプターの結合を介するものではなく、薬用人参が乳がん細胞の増殖を促進したり再発を促進するという証拠はない、2)乳がんの抗がん剤治療中は、薬用人参の使用は有益性の方が大きい、という結論になっています。したがって、乳がん患者にGinsengを避ける根拠はありませんが、むやみに使うべきでもありません。体力が十分にある場合には使用しない方が無難です。
 血液が固まりにくくするワーファリンの効果を薬用人参は減弱させることが明らかになっています。シカゴ大学のYuan博士らが20人のボランティアを使った臨床試験で、薬用人参の服用がワーファリンの効き目を弱くすることを明らかにしています。(Yuan, C. Annals of Internal Medicine, 2004; vol 141: pp 23-27)ワーファリンは血栓形成予防の目的で心臓疾患などで使用されていますが、ワーファリン服用中は薬用人参の入った漢方薬やハーブティの使用は避けることが望ましいと言えます。

【メモ2】体の元気を高めるものはがん細胞も元気にする場合がある

 体力や免疫力を高めることはがんの治療において基本です。体力や免疫力が低下していると、がん細胞の増殖は促進され、抗がん剤や手術などの治療を受けることができません。したがって、多くのがん患者さんが、滋養強壮作用や免疫力を高めるサプリメントや漢方薬を利用しています。
 がん治療中は少しでも元気をつけた方が良いという考えは、一般的には間違いではありません。しかし、「体を元気にするものはがん細胞も元気にする」という可能性は、常に頭に入れておく必要があります。
 例えば、滋養強壮薬の代表である高麗人参は、培養細胞を使った実験で細胞の蛋白質やDNAの合成を促進したり、細胞の寿命を延長させる作用が報告されています。このような作用は、高麗人参が抗がん剤や手術などの正常組織のダメージの回復を促進する効果を説明しています。したがって、がんの攻撃的な治療で低下した体力や免疫力を回復させるために高麗人参を利用するのは役にたつはずです。がんの治療において、体力や抵抗力が極度に低下している場合や、正常組織のダメージからの回復が遅い場合には、高麗人参のような滋養強壮薬は有用です。また、免疫力や治癒力を高め、その結果、がんの発生を予防する効果があることは疫学的研究で明らかになっています。
 しかし、がん細胞の増殖を抑えるような手段を併用せずに、体力や免疫力を高めるようなサプリメントだけを使用している場合には、がん細胞も元気になることも多いように感じています。
 高麗人参には、ジンセノサイドのように抗がん作用を持つ成分が多く見つかっています。これらの抗がん成分が体内のがん細胞の増殖を止めてくれれば問題はないのですが、通常摂取している量で、人体内で本当に抗がん作用を発揮するのかは不明です。
 培養したがん細胞を使った実験では、濃度の高い量を添加すればがん細胞の増殖を抑える作用が示されるのですが、低い濃度では逆に増殖を促進する効果がみられることがあります。このような結果は他の生薬エキスでも認められます。問題は、培養細胞の実験でがん細胞の増殖を抑える濃度というのは、多くの場合、人体では達成できないような高濃度であることです。通常の量ではむしろがん細胞の増殖を刺激している可能性もあるのです。
 免疫力を高めるサプリメントが、がん細胞の増殖が早く、炎症や発熱がある状況では、がん性悪液質やがん細胞の増殖を促進する可能性があります。
 抗がん剤治療のようにがん細胞を攻撃している場合には、滋養強壮作用をもったサプリメントは、食事からの栄養補助を同じような目的ですので、問題はないと思います。しかし、がん細胞の増殖が早く、抗がん剤治療などでがん細胞の増殖を抑える治療を行なっていない場合には、滋養強壮薬だけを多く摂取するとがん細胞を元気にさせる可能性があります。漢方のがん治療においては、そのような場合は、滋養強壮薬と一緒に、血液循環や新陳代謝や解毒機能を良くする生薬や、がん細胞の増殖や炎症を抑える効果を持つ生薬を加えるのが基本になっています。単に滋養強壮作用だけを目標にするとがん細胞も元気になるということを経験的に知っているからです。

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