1.肝炎・肝臓がん治療になぜ漢方か?

【肝臓がんは切っても再発する】

肝臓がんの治療として、がんの部分を切り取る手術(肝切除)やがんを養う血管を塞いで兵糧攻めにしてがんを殺す治療(血管塞栓術)が行われています。しかし、肝臓がんが大きくなっている場合には治療が非常に困難です。肝臓を全て取ってしまうと生きていけないため、がんが肝臓全体に広がっている場合には切除手術はできません。血管塞栓術でがん組織を潰しても、一部のがん細胞が生き残って再発してきますので、がんの進行を一時的に抑えることはできても根本的治療にはなりません。

肝臓がんの外科切除および血管塞栓術による治療。がんが小さい場合や限局している場合には有効であるが、進行がんでは再発することが多い。

【肝臓がんは肝硬変を合併していることが多い】

肝臓がんは慢性肝炎が持続する過程で発生しますが、炎症が持続すると次第に肝臓にコラーゲン線維が増えて肝臓が硬くなります。これが「肝硬変」という状態です。肝臓の線維化が進行して肝臓内での血液の流れが悪くなると、胃腸の静脈を心臓に戻すために食道の静脈にバイパスを形成して食道の静脈が腫れて太くなります。これを「食道静脈瘤」といい、これが破裂すると、圧が高いため大出血を起こすことが多く、3割ぐらいが死亡すると言われています。

肝硬変で肝機能が低下し、有害物質や老廃物を処理しきれなくなると、アンモニアなどの有害物質が血液の中に溜まって意識障害(肝性脳症)を起こしたり、蛋白質の合成能力が低下すると栄養状態が益々悪化していきます。このように肝臓の機能が極端に低下した状態を肝不全といいます。肝臓がんの治療が難しい理由の一つは、肝臓がんでは肝硬変を合併していることが多いことです。昔は、肝臓がんが見つかる前に、肝硬変による食道静脈瘤や肝不全などによって亡くなることが多い状況でした。しかし、肝不全や食道静脈瘤の治療法が進歩して肝硬変患者も以前よりずっと長く生きられるようになり、肝臓がんの発生を防ぐことがウイルス性肝炎の治療の最大の感心事になってきました。

肝硬変になると肝臓の血行が障害されて門脈圧が亢進し食道静脈瘤ができる。「食道静脈瘤破裂」「肝機能低下による肝不全」「肝臓がんの発生」が肝硬変による死亡原因として頻度が高い。肝機能や食道静脈瘤に対する治療法が進歩してくると、肝臓がんの発生が予後を決める重要な要因となってきた。

【肝臓がんは多中心性発がん】

肝臓がんで亡くなった患者さんを解剖すると、多くはがんが肝臓全体に広がっています。肝臓は血管の塊のような臓器ですから、がんが血管に侵入して肝臓全体にばらまかれやすいのです。肉眼ではがんが1ケ所にしか見つからない場合でも、残った肝臓の組織を顕微鏡で丹念に調べると、がんの芽(前がん病変、微小がん)が他の部位に見つかります。ウイルス感染による炎症は肝臓全体に起こっているので、がんが発生する原因は肝臓全体に及んでいます。どこが最初に大きくなるかだけの問題で、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に存在しているのです。

超音波(エコー)やコンピュータ断層撮影(CT)などの画像診断法の進歩により、小さな肝臓がんが診断されるようになりました。しかし、小さながんを見つけてそれを切除しても、しばらくすると残った肝臓に別のがんが発生してきます。これは最初のがんの転移だけではなく、別の場所に新しく発生したがんも多いようです。

ウイルス性慢性肝炎あるいは肝硬変患者の肝臓は、肝臓全体が肝がん発生のリスクに曝されていて、最初に検出できたがんを根治できたとしても次々に新たながんが発生します。これを「多中心性発がん」と言い、肝臓がんが1個見つかれば他の場所にもすでにがんの芽である前がん病変や微小がんが存在するので再発しやすいということで、肝臓がんの宿命みたいなものです。肝硬変を合併している場合には、最初に見つかった肝臓がんを手術したあと3年間で3分の2の症例で残存肝に再発をおこします。早期診断・早期治療により肝臓がんの治療成績は向上してきましたが、肝臓がんの発生や再発を遅らせる手段が重要になってきました。

肝炎ウイルスの感染も炎症反応も肝臓全体に起こっているので、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に及んでおり、肝臓がんの発生は「多中心性」である。したがって、1個のがんをつぶしても、残った肝臓に第2、第3の肝臓がんが発生してくる可能性がある。

【がんは遺伝子の異常によって起こる】

がん遺伝子がん抑制遺伝子が数多く発見されて、発がんのメカニズムが遺伝子レベルで議論されるようになりました。そのような研究の結果、肝臓がんに限らず、多くのがんの原因は、複数のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常(変異)が蓄積して、少しずつ悪いがん細胞に進行していくことが明らかになり、これを「多段階発がん」と言っています。
 肝炎ウイルスや炎症反応によって遺伝子の異常が発生(イニシエーション)し、さらに「前がん病変」から「微小がん」「早期がん」へと発がん過程が促進(プロモーションという)され、遺伝子異常が蓄積してより悪いがん細胞へと進展(プログレッション)していくのです。

多段階発がん。正常細胞の遺伝子変異が蓄積して行くに従い、前がん病変・微小がん(早期がん)・進行がんへと悪性度を増しながら進行していく。遺伝子に変異を引き起こすことをイニシエーションといい、発がん過程を促進することをプロモーション、より悪性度の高いがん細胞に進展していくことをプログレッションという。

【細胞増殖と細胞死のメカニズムを利用すればがんを抑えられる】

肝臓がんは予防できます。その理由は、がんの発生には原因とプロセスがあり、時間がかかるからです。つまり、肝臓がんの発生には、肝炎ウイルスの感染とそれによる肝臓における炎症という原因があります。がんはいきなり発生するのではなく、遺伝子異常が次第に蓄積して前がん病変から微小がんや早期がんの状態を経て、しだいに悪いがん細胞へと進展していくというプロセスがあります。そしてその期間というのは通常30年前後とかなり長い時間がかかるのです。原因を取り除き、発ガン過程を遅らせればがんの発生も再発も防ぐことができるのです。


肝炎はウイルスに感染した肝細胞をリンパ球が攻撃して起こる。肝臓がんは肝炎ウイルスの感染が引き起こす慢性炎症が持続することによって30年近くの年月を経て発生する。

【漢方薬は複数のメカニズムでがん予防効果を示す】

肝臓がんの発生過程では、肝炎ウイルスそのものが原因となって遺伝子の異常を引き起こす場合もありますが、もっと重要な原因は、ウイルス感染によって肝臓に炎症が起こることです。炎症状態が長く続くと、活性酸素一酸化窒素のようなフリーラジカルの産生が多くなって、遺伝子が傷つけられます。さらに炎症によって肝細胞が死ぬと、残った肝細胞が増殖して補なわなければならず、この細胞増殖活性は発がんを促進するプロモーターとなります。結局のところ、ウイルスに感染した肝臓においては、炎症によるフリーラジカル産生と、細胞増殖活性の促進が発がんの重要な要因と考えられます。

肝炎を抑えるには、その原因となっている肝炎ウイルスを除去するのが根本的な解決法となります。インターフェロンや抗ウイルス剤を使用して肝炎ウイルスを除去する治療が行われていますが、半分以上の患者さんには効果がないようです。その場合には、炎症を抑えたりフリーラジカルの害を抑えるような薬が有効であることが報告されています。そのような治療法の中には漢方薬の有用性も古くから指摘されています

植物由来である生薬は抗酸化物質の宝庫です。植物は紫外線から自分を守るためフラボノイドなどの抗酸化力に優れた物質を多く含んでいるからです。炎症細胞における一酸化窒素や活性酸素などのフリーラジカルの産生を抑えると同時に、それらを消去する活性を持った生薬も多く見つかっています。

さらに免疫力や体力を高める滋養強壮効果に優れた成分の宝庫でもあります。肝臓の機能を高めたり、肝炎を抑える効果も知られていますし、組織の新陳代謝や血液循環を改善する効果などもあります。抗ウイルス作用を示す生薬や、がん細胞の増殖を抑える作用を持つ生薬も見つかっています。このように、漢方薬は複数のメカニズムでがん予防効果や抗腫瘍効果を発揮しています。

漢方薬は肝臓がんを予防する多様な効果を持っている。

【がん予防には天然物が良い】

食品の中のがん予防物質の研究がさかんに行われています。例えば、大豆の中のイソフラボンや、うこんに含まれるクルクミン、あぶらな科野菜(ブロコッリーなど)に含まれるイソチオシアン酸、ぶどうの皮に含まれるレスベラトロールなどの物質が、がんの予防や治療に有効であることが報告されています。

私が国立がんセンターでがん予防の研究を行っているとき、非常にショッキングな研究がアメリカから報告されました。ベータカロテンで肺がんの発生が増えるという研究結果です。野菜のニンジンを多く摂取することはがん予防に効果があります。ニンジンに含まれるベータカロテンががん予防効果の主成分であろうと考えられ、ベータカロテンのがん予防効果の臨床試験が行われていました。その結果、タバコを吸っている人がベータカロテンを摂取するとかえって肺がんになる人が増えたということです。ニンジン中のがん予防物質がベータカロテンであっても、ベータカロテンだけを取るということは問題があるのです。

単一の成分にしないと薬として認めないという西洋医学の要素還元主義の考え方では、本当のがん予防は達成できないようです。一方、漢方では医食同源思想を基本にしており、漢方薬も生薬を組み合わせて効果を高めることを基本にしています。西洋医学のがん予防の考え方は、食品や生薬の中からがん予防物質を見つけてそれをがん予防薬として開発するという手法ですが、がん予防にはむしろ医食同源思想から発展してきた漢方の考え方の方が良いように思います。生薬からがん予防物質の候補がたくさん見つかってきていますので、生薬の組み合わせである漢方薬は、食事より高いがん予防効果が期待できるのです。

肝臓発がん過程とがん予防の手段:食生活や生活習慣(アルコールなど)を改善して発がんのイニシエーションやプロモーションを抑える第一次予防、エコーやCTや腫瘍マーカーなどで小さいがんを見つけて早いうちにがん組織を除去(手術やエタノール注入など)する第二次予防、多中心性発がんによる再発を予防するための第三次予防、抗炎症剤や抗酸化剤などのがん予防薬を使用して肝臓発がん過程を抑える化学予防の手段がある。漢方治療は第一次予防、第三次予防、化学予防の手段として有用である。

【去邪扶正ががん予防の基本】

西洋医学による肝臓がんの発生予防の手段は第二次予防が中心になっています。定期的な検査によって小さながんを見つけては潰していくという方法です。しかし、多中心性発がんの肝臓がんの場合には、最初に検出できたがんを根治できたとしても次々に新たながんが発生します。出てきたがんを片っ端から見つけて潰していく「モグラたたき」的な手段では限界があります。このような限り無い肝臓がんの発症を予防するためには、早期発見、早期治療の2次予防の手段ではなく、発がんの過程の速度を遅らせる方法が必要です。

漢方医学では、病気の原因や病気を悪化させる要因を「病邪(びょうじゃ)」といい、病邪に対する体の抵抗力や治癒力を「正気(せいき)」と呼んでいます。肝炎を引き起こすウイルスや、炎症によって発生する活性酸素やフリーラジカルなどが病邪と言えます。一方、体の抗酸化力や免疫力などの抗病力が正気となります。

漢方治療では、病邪を抑える「去邪法」と同時に、正気を扶助する「扶正法」をバランスよく組み合わせて治療を行います。西洋医学ではウイルス駆除だけに固執する傾向があり、体の抗酸化力や免疫力などの抗病力に対する配慮は少ないようです。肝臓の炎症を抑え、抗酸化力を高めて肝臓の酸化障害を抑え、さらに微小循環を改善したり、がん細胞の増殖を遅くするような薬を利用すれば、がんの発生や再発が予防できるのですが、西洋医学には適当なものがありません。この戦略においては、漢方治療は有効な方法と理論を持っています。つまり、ウイルス性肝炎の治療や肝臓がんの予防においては、漢方医学の考え方の基本である去邪扶正の法則を利用するすることが大切なのです。

がん細胞の増殖は促進因子(病邪)と抑制因子(正気)のバランスで決まる。病邪を除き(去邪)、正気を補う(扶正)ことが癌細胞の増殖を抑えることになる。

【漢方治療はオーダーメイドでホリスティック(全人的)な肝炎治療ができる】

ウイルスを直接攻撃する治療では、画一的な方法で事足ります。しかし、体に働きかけて、体の治癒力や抵抗力を引き出すような治療を行うときには、患者さんの個性に応じた治療戦略が必要です。肝炎の治療でも炎症が強い場合と炎症が無い時では治療法は異なるべきです。体力が有り余っているような元気な人もいれば、食欲も体力も低下している人もいます。暑がりの人がいれば、寒がりの人がいます。このような体質や病気の状態の違いによって薬を使いわけることできれば、肝炎や肝臓がんの治療も効果があがります。

しかし、西洋医学にはそのような考え方は乏しいと言わざるをえません。肝炎によく使用される漢方薬として「小柴胡湯」があります。この漢方薬は、肝臓の炎症を抑え、線維化や発がんを遅らせる効果が報告されています。しかし、ウイルス性肝炎の患者さんに一律に小柴胡湯を投与することは、漢方の考え方からは適当ではありません。肝臓の炎症があるような慢性肝炎のときには効果があるのですが、肝硬変になっているときには、かえって悪い結果になることもあります。肝硬変のときには、免疫力を高め血液循環を良くするような漢方薬の方が適しています。また、食欲や体力などの状態を見きわめながら、その体質や病状に応じた決めの細かい漢方治療を行う方がよいに決まっています。漢方治療には、病気の状況だけでなく、患者さんの体質に応じたオーダーメイドの治療ができる点が優れているのです。

ウイルスを攻撃するだけで、体全体の治癒力や体調や自覚症状などに注意を払はないというのは、「木を見て森を見ず」という事になります。病気の原因だけでなく、体全体の異常や失調、精神面にも配慮した医療をホリスティック医療といいます。ホリスティックとは「全人的」という意味です。このように、漢方医学は西洋医学にない特徴があり、西洋医学の足りない部分を補うことができるのです。

西洋医学と漢方医学の視点の違い

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