薬用人参(Ginseng)にエストロゲン様活性が報告されているが、乳ガン治療に使用する危険性はないか?

【概略】

topics-4の乳ガンとフィトエストロゲンの関連と同様の問題です。漢方で使用する高麗人参やアメリカなどでハーブとして使用されるアメリカ人参に、エストロゲン様作用があることが報告されています。ガンの治療において抗ガン剤の副作用の予防や体力や免疫力の増強などで高麗人参(Panax ginseng)は頻用されていますが、エストロゲン依存性の乳ガンや子宮体ガンの治療中に、人参のエストロゲン作用が悪い影響をするのではないかという懸念があります。

アメリカを中心とする乳ガン治療のガイドラインでは、ハーブの使用を制限していますが、その理由の一つはそれらに含まれるフィトエストロゲンなどのエストロゲン様活性が治療に影響すると考えるからです。タモキシフェンなどの抗エストロゲン剤との相互作用が懸念されているようです。

薬用人参もエストロゲン様活性があるから使用してはいけないという意見が多いようです。しかし、薬用人参は、乳ガンに対する抗ガン活性も多く報告されています。文献を考察すると、 「高麗人参(Panax ginseng)は、乳ガンの培養細胞や動物モデルを用いた実験にて抗腫瘍効果が示されているが、人における治療効果については結論は出ていないので今後の研究が必要である」というのが現時点でのコンセンサスのようです。

しかし、文献をもっと調べてみると、

1)薬用人参にはエストロゲン様活性はあるが、エストロゲンレセプターの結合を介するものではなく、薬用人参が増殖を促進したり乳ガンの再発を促進するという証拠はない、

2)乳ガンの抗ガン剤治療中は、薬用人参の使用は有益性の方が大きい、

という結論が導きだされます。

最近の論文の抜粋を参考として以下に紹介します。

J Surg Oncol 1999 ;72(4):230-239. Duda RB, Zhong Y, Navas V, Li MZ, Toy BR, Alavarez JG.
American ginseng and breast cancer therapeutic agents synergistically inhibit MCF-7 breast cancer cell growth.
(アメリカ人参と乳ガン治療薬は乳ガン細胞株 MCF-7の増殖を相乗的に阻害する)

アメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) はエストロゲン様活性があって更年期障害を緩和することが報告されている。pS2蛋白は、乳ガン細胞がエストロゲンで刺激されると合成が促進される蛋白質(エストロゲン依存性遺伝子)。

アメリカ人参のエキスを添加した培養液でエストロゲン依存性の乳ガン細胞(MCF-7)を培養すると、エストロゲンを添加したときと同じようにpS2蛋白の遺伝子発現を活性化した。

しかし、アメリカ人参はエストロゲン(エストラジオール)とは対称的に、用量依存的に細胞増殖を抑制した。エストラジオールは乳ガン細胞の細胞分裂を促進するのに対し、アメリカ人参エキスは細胞周期を促進する作用はなかった。乳ガンの治療に使われる薬とアメリカ人参を併用すると、増殖抑制効果が増強した.

したがって、培養細胞の実験のレベルでは、アメリカ人参と乳ガン治療薬を併用すると効果が高まるという結論が導きだされた。

(つまり、アメリカ人参はエストロゲン依存性の乳ガン細胞に対して、エストロゲン依存性の遺伝子発現であるpS2蛋白の量を増やす作用があり、エストロゲン様活性を持っている。しかし、アメリカ人参エキスには増殖促進は認めなかったので、乳ガンに対しては有害ではなく有益に働くと言える、という結論であり、エストロゲン様活性があるから乳ガンに使えないということにはならないことをこの研究グループは示唆している)

J Agric Food Chem 2001 May;49(5):2472-2479. Liu J, Burdette JE, Xu H, Gu C, van Breemen RB, Bhat KP, Booth N, Constantinou AI, Pezzuto JM, Fong HH, Farnsworth NR, Bolton JL.
Evaluation of estrogenic activity of plant extracts for the potential treatment of menopausal symptoms.
(更年期症状の治療に使われる植物抽出物のエストロゲン活性の評価)

この論文では更年期症状の治療に使われている植物についてそれらのエストロゲン活性を調べている。

red clover (Trifolium pratense L.), chasteberry (Vitex agnus-castus L.), hops (Humulus lupulus L.) はエストロゲン受容体αとβに対して結合して、エストロゲン活性を示した。これらはエストロゲンの刺激で発現が誘導されるpS2 (presenelin-2)遺伝子の合成を促進し、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現を誘導した。

しかし、高麗人参 (Panax ginseng C.A. Meyer) アメリカ人参 (Panax quinquefolius L.) は pS2 mRNA の発現を誘導したが、エストロゲンレセプターへの結合活性は認めず、アルカリフォスファターゼやプロゲステロンレセプターの発現は誘導しなかった。

(つまり、高麗人参やアメリカ人参はエストロゲンに似た作用をして、それは更年期症状の改善につながる効果を持っているが、エストロゲンレセプターを介した作用ではなく、乳ガン細胞に増殖的に作用するという証拠はないことになる)

ちなみに、red cloverのエストロゲン活性はイソフラボンのゲニステインであり、ゲニステインに比較すると、人参のエストロゲン様活性のガン治療への影響はほとんどなく、むしろ有益性の方が強調されるべきだと思う。人参のエストロゲン様活性を根拠に薬用人参を避ける必要があれば、大豆やその他多くの野菜や果物を摂取しないようにしないと意味がないことになる。

J Korean Med Sci 2001 ;16 Suppl:S54-60. Duda RB, Kang SS, Archer SY, Meng S, Hodin RA.
American Ginseng Transcriptionally Activates p21 mRNA in Breast Cancer Cell Lines.
(アメリカ人参は乳ガン細胞のp21蛋白の遺伝子発現を活性化する)

アメリカ人参(American ginseng)は培養細胞の実験で乳ガン細胞の増殖を阻害することが報告されている。p21 というのは、細胞周期を止める働きをする細胞内の蛋白質。

エストロゲン依存性の乳ガン細胞株 (MCF-7)とエストロゲン非依存性の乳ガン細胞株(MDA-MB-231)はともに、アメリカ人参のエキスを培養液に添加すると、p21蛋白の遺伝子発現が促進されて、細胞の増殖が抑制された。

エストロゲンの17-beta-estradiol やフィトエストロゲンのゲニステイン( genistein )はp21蛋白の遺伝子発現に影響しなかった。

(この実験で17-beta-estradiolは乳ガン細胞の増殖を促進したが、アメリカ人参は増殖を抑制した。つまり、人参のエストロゲン様活性による増殖促進より、細胞周期に働きかけて増殖を止める作用の方が強いと考えられる)

Int J Oncol 1999 ;14(5):869-875. Oh M, Choi YH, Choi S, Chung H, Kim K, Kim SI, Kim DK, Kim ND.
Anti-proliferating effects of ginsenoside Rh2 on MCF-7 human breast cancer cells.
(ヒト乳ガン細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果)

高麗人参(Panax ginseng)から分離されたジンセノサイドRh2 はある種のガン細胞に対して増殖抑制、分化誘導、 発ガン予防効果を示す。

ヒト乳ガン細胞MCF-7に対するジンセノサイドRh2の増殖抑制効果のメカニズムを検討した。ジンセノサイドRh2は、用量依存的(濃度が濃いほど効果が強くなること)に乳ガン細胞の増殖を抑制し、ガン細胞の細胞周期を静止させた。ジンセノサイドRh2は細胞分裂を促進するサイクリンD3の発現を抑制し、細胞増殖を抑制するp21蛋白の発現を促進することにより乳ガン細胞の増殖を阻害することが示唆された。

薬用人参のエストロゲン様活性は1980年代から知られていて、乳ガンに対する懸念もかなり前から指摘されています。しかし、薬用人参にはステロイドホルモン全般のレセプターに対して弱い結合活性があって、エストロゲンよりグルココルチコイドやミネラルコルチコイドのレセプターへのアフィニティー(結合活性)が強く、エストロゲン様活性はそれほど意味はないと思われます。乳ガン細胞を用いた最近の実験結果を考察すると、乳ガンの治療に人参が悪影響を及ぼすという結論は現時点では考えにくいと思います。