サリドマイド(Thalidomide)の抗がん作用について

催眠薬のサリドマイドは、約40年前に四肢欠損の奇形児の誕生を引き起こす「サリドマイド事件」を起こしたため販売中止になっていました。しかし最近、サリドマイドには炎症やがんに伴って起こる血管新生(新たに血管が増生すること)をブロックするという「血管新生阻害作用」が発見されました。この薬理作用がサリドマイドの催奇形性の原因でもあるのですが、炎症性疾患やがんの治療における有効性が指摘されています。

腫瘍血管の新生を阻害する作用は、がん細胞を直接殺す抗がん剤に比べて副作用が少なく、「がんとの共存を目指す治療」や「体にやさしいがん治療」において有効な手段と思われます。血管新生阻害剤としては「液体サメ軟骨エキス」について解説(がんの代替医療:Q-06参照)しています。ここではサリドマイドについて解説します。

【サリドマイドとは】

サリドマイドは1957年、ドイツのグリュネンタール社が催眠薬として開発し、副作用が少なく目覚めも良かったので優れた薬として用いられました。当時本剤の最大の特徴はその安全性でした。動物実験では致死量が決定できないくらい毒性が低いため、その安全性を信じて多くの人が使用し、鎮静剤として妊婦のつわりの薬としても使用されました。しかし、妊娠した動物での安全性試験を行っていなかったため、その強力な催奇性(胎児に奇形を引き起こす作用)が見のがされ、妊娠初期の女性が服用した場合に、アザラシ症という手足のない子供が生まれることが明らかになり、発売中止になりました。

しかし、サリドマイドがハンセン病という病気の痛みの特効薬だということがわかり、アメリカでは数年前に再認可されました。さらに、サリドマイドの作用メカニズムの研究において「血管新生阻害作用」が明らかになり、がんエイズや種々の炎症性疾患への治療効果が期待されています。多発性骨髄腫に対する効果は臨床試験でもすでに証明されており、他のがんに対する効果も臨床試験が進行中です。

サリドマイドにはがんの悪液質(がん細胞が放出する物質によって体力の消耗や食欲不振などが起こる状態)の原因である腫瘍壊死因子α(TNF−α)の阻害作用があるため、進行がん患者のQOL(生活の質)の改善作用も期待されています。

【日本での使用法】

日本では、サリドマイドはまだ未承認薬なため健康保険を使っての使用はできませんし、発売もされていません。しかし、医師であればサリドマイドを欧米から輸入して癌の治療に使用することが可能です。

(サリドマイドを使ったがん治療の相談先は、e-mailかクリニックのホームページでアクセスできます。)

【服用法】

サリドマイドは、カプセルで投与されます。催眠作用があるため1日1回就寝前に与薬されます。1日の服用量は、サリドマイドが単独で投与されるのか、他の薬剤と併用して投与されるか、また体の状況がどの程度の服用量に耐えられるかによって決まります。少ない量から始めて副作用の状況を見ながら徐々に服用量を増やしていく方法が安全です。通常は1日当たり100mgから、副作用がなれば300mgにまで増量されます。

サリドマイド療法は他の抗がん剤治療や放射線治療や免疫療法と組み合わせて行うことができます。しかし、血管新生を阻害するという作用メカニズムから、手術を受ける場合には使用できません。手術後に使用する場合には、傷が十分に治癒した後(安全を見越して3週間後くらい後)まで服用を控える方が安全です。

【サリドマイドの副作用】

サリドマイドの最も一般的な副作用は、眠気末梢神経障害めまい便秘発疹白血球減少症です。副作用が重い場合には、服用量を減らしたり、一時的に服用を中断しなければならない場合もあります。

(1)眠気:サリドマイドを服用すると眠くなります。したがって通常、サリドマイドは就寝前に服用します。しかし服用後一晩経っても眠気が残る場合があります。そのため、眠気が問題となるような状況(車の運転など)では注意をしなければなりません。またサリドマイド服用中は、眠気を引き起こす他の薬剤の使用も避けるべきです。さらにアルコールは、サリドマイドが原因の眠気を助長させる危険性があるため、これも避けなければなりません。

(2)末梢神経障害:この副作用は比較的弱く、手や足がチクチクするような軽い痛みを感じる程度です。しかし稀ではありますが、強いうずきや痛みを感じる場合もあります。この副作用は、サリドマイドを長期にわたって服用した際に起こりますが、服用後比較的早期に発生することもあります。手や足などにチクチクするような軽い痛みを感じたら、医師に知らせてください。サリドマイドの服用量を減らしたり、治療を中断する必要があることもあります。症状がひどい場合には場合は、サリドマイド療法を中止しなければなりません。

(3)めまい:サリドマイドを服用中にめまいを感じる人もいます。起床時にめまいを感じる場合には、床から起き上がる際にまず上半身のみを起こし、数分間そのままの姿勢でいることで、めまい感が減ることもあります。

(4)便秘:ひどい便秘になることはほとんどありませんが、便秘が強い場合には下剤を併用したり、サリドマイドの服用量を減らしたり、一時的に服用を中断したりすることもあります。

(5)発疹:サリドマイドを服用している人の中には、発疹が出る人もいます。通常、発疹は胴体部分から出始めて、手足に広がります。大抵の場合は、服用後10〜14日後には自然に消えてしまいます。治療には抗ヒスタミン剤やコルチコステロイド剤が使われますが、ひどい場合には直ちに中止します。

(6)白血球減少症:白血球数の減少を引き起こす場合もあります。そのため、定期的に血液検査をうける必要があります。白血球数が低くなり過ぎた場合、サリドマイドの服用量を変更するか、治療を中断しなければならない場合があります。

【サリドマイドを服用してはいけない場合 】

妊娠中の女性や服用中に妊娠する可能性がある女性は絶対にサリドマイドを服用してはいけません。サリドマイドを妊娠中に服用すると、重い先天性欠損症や死産の原因となります。サリドマイドは男性の精子にも含まれる場合がありますので、男性もサリドマイド服用中は、避妊を厳重に心掛けなければなりません。

傷が治る過程でも血管の新生が必要なので、外科手術を受ける予定のある場合や受けた後は服用を中止する必要があります。傷の治りは個人差(年令や治癒力の程度など)があり、手術の程度により異なるので医師の意見を聞いて下さい。

【シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)阻害剤との併用】

シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)は炎症性細胞内に存在してプロスタグランジンを合成する酵素として知られていますが、多くの癌細胞にも存在して、増殖や転移や血管新生を促進する作用が知られています。この酵素を阻害することにより、癌の増殖や転移を防ぐ効果が期待できます。

多くの消炎鎮痛剤にはシクロオキシゲナーゼ阻害作用がありますが、炎症やがんで増加するCOX-2だけでなく、消化管や腎臓や血小板などで生理的な作用をしているCOX-1も阻害するため、がんの治療には使いにくい欠点があります。しかし、COX-2の選択的阻害剤であれば、副作用が少なく抗がん作用が期待できます。

COX-2阻害剤として、米国でセレブレックスという薬が認可されています。この薬は、変形性関節症や慢性関節リウマチのような炎症性疾患と、大腸がんのリスクが高い家族性大腸腺腫症に発がん予防効果を期待して使用されています。消炎鎮痛剤としてよりも、抗癌剤として注目を集めています。

膵癌、大腸癌のようにCOX-2産生の強い癌の場合、疼痛の除去ばかりでなく、癌を休眠状態(dormant state)に持ち込ませる可能性があります。1日100〜400mgが投与されます。サリドマイドとセレブレックスの併用により、大腸がんなどの進行がんにおいて、鎮痛効果と延命効果が期待されています。

日本での販売は数年先ということですが、サリドマイドと同様に医師であれば米国から輸入して使用することができます。

参考:腫瘍血管の新生阻害を目標とした「体にやさしい癌治療」の詳細はこちらへ

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