第5章:血行改善とリラクセーション法:温泉、運動、マッサージなど

 3.体力に合った適度な運動はがんを予防する

     【概要】
     【運動不足は大腸がんと乳がんの危険因子】
     【適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めてがんを予防する】
     【過度の運動はがんを促進する可能性がある】
     【メモ:乳がん治療後に再発率を下げるために適切な運動量とは】

【概要】

 体力に合った適度な運動を行うことは、全身の組織の血行を良くして新陳代謝を高め、ストレス発散や抑うつ状態から抜け出す手段にもなり、がん再発の予防に有益といえます。ただし、疲労やストレスの原因になるような過度の運動はマイナス効果になる可能性もあります。

【運動不足は大腸がんと乳がんの危険因子】

 運動不足は大腸がんや乳がんの発生率を高めることが、多くの疫学的研究で報告されています。
 例えば、約8千人の男性労働者の仕事中の姿勢と大腸がんの発生率を調べた大阪府立成人病センターの疫学調査によると、デスクワーク中心の人が大腸がんになる危険度を1.0とすると、立ち仕事が中心の人の危険度は0.27という結果が出ています。
仕事中に体を動かす量に反比例して大腸がんのリスクが低下することが明らかになっており、同様の結果は欧米でも多く発表されています。
 運動が大腸がんのリスクを下げる理由としては、運動によって便通が促進され、便に含まれる発がん物質と腸の粘膜との接触時間が短くなる可能性や、発がん過程を促進するインスリンや胆汁酸のレベルに影響する可能性などが示唆されています。動かないことが問題で、デスクワーク中心の人は運動不足を解消することが大切です。
 日本でも最近急増している
乳がんも運動不足が発がんリスクを高めることが報告されています。乳がんの発がんを促進する女性ホルモン(エストロゲン)が卵巣の他に体脂肪からも産生されるため、乳がんの場合は体脂肪との関連が大きく、運動不足による肥満が乳がんの発がんリスクを高めるようです。
 日頃の日常生活で体を動かすことの多い人や、適度な運動を行っている人では、乳がんの発生率が30%も減るとか、乳がん治療後の再発率が減少するという報告もあります。
 大腸がんと乳がん以外のがんでは、運動による発がんリスクの低下ははっきりとは証明されていませんが、体力に合った適度な運動は、様々な健康作用によってがん予防に寄与すると考えられています。

【適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めてがんを予防する】

 食生活の乱れや運動不足によって起こる肥満や新陳代謝の低下はがんを促進する要因となります。がんを発生しやすい系統のネズミでも摂取カロリーを制限し、毎日運動させると、発がん率が低下することが観察されています。
 適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。血液の循環をよくし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。
適度な運動によって、NK細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています(図38)。
 動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。運動がストレスの適当なはけ口になると免疫力と高めることにもつながります。つまり、規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として一番適当な方法であり、体の自然治癒力や防御能を刺激する作用があります。
 運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。
規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。抑うつ感情はがんの予後に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。つまり運動は、がんの予後のよくない人にみられる抑うつ的な心理状態から抜け出す効果的な方法でもあるのです。  
 例えば、電車で通勤している人は今まで下りていた駅の2つほど前で駅を下りて、歩いて職場に行くという、ちょっとした工夫だけでも効果があります。歩くことは適度な運動になると同時に、がんに立ち向かうという目的意識を絶えずもつことにもなります。このように、日常生活の中で規則的に運動する時間をとるような自己管理は、病気から立ち直る力となる心理的土壌を作りあげる上でも役立ちます。
 多くの研究で、適度な身体運動が多くのがんの予防に有効であることが述べられています。

    
図38:がんの進展に及ぼす運動の影響

【過度の運動はがんを促進する可能性がある】

 一方、過度の運動はかえって健康を害することも指摘されています。運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進することになります。肉体的および精神的なストレスを引き起こすような過度の運動は、NK細胞活性などの免疫系の働きを低下させることが知られています。オリンピック選手やプロのスポーツ選手は短命であるという説や、最も長寿な職業は僧侶であるという説もあります。大学の卒業者で体育系出身者は、文科系や理科系の出身者より平均寿命が短いという報告もあります。疲労が翌日に残るような過度の運動はがん再発予防の点からは勧められません。
 一般に西洋でのスポーツは、身体機能を高めることと競技性を重視しており、健康への寄与は必ずしも高くないと思います。過度のスポーツが、体内での活性酸素の産生を増やし、またストレスを引き起こして、老化や発がんに促進的に作用するという可能性については軽視されています。
 米国がん研究財団による「がん予防15ヵ条」では、「
体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする」ことが勧告されています。組織の血流を良くして新陳代謝を高め、ストレスを発散してリフレッシュできる程度の運動(1時間程度)を、体力に合わせて無理のない範囲でゆったりとしたペースで隔日から毎日程度に行うのが適当です。
 あらたまって運動するとそれが苦になるような場合には却って逆効果になると思われます。運動自体が嫌いな人に無理強いするのはストレスになるからです。積極的に運動するより、仕事や家事で体を動かしておれば良いという研究結果もあります。家にじっとしているのではなく、目標をもって体を動かすのが基本であり、仕事や家事で体を動かす機会が少ない場合にはリフレッシュを兼ねて好きなスポーツなどで体を動かすようにすると考えれば良いと思います。
 体に障害があれば動かせる範囲で行い、体の状態に併せて運動量を変えなければなりません。痛みやつらさが出てきたらペースを落とす方が賢明です。東洋医学では動きすぎはかえって気を消耗し、元気がなくなり、病気にかかりやすくなってしまうと考えられています。東洋医学における操体術(たとえば
太極拳などのような体操)は一種の運動療法ですが、エアロビクスのような激しい動きはなく、ゆっくりした動きの運動であり、全身に気や血を行き渡らせ、気の流れをよくすることを主目標としており、がん再発予防の観点からは勧められる運動です(後述)。

【メモ:乳がん治療後に再発率を下げるために適切な運動量とは】

 日常生活やスポーツで体を動かすこと(身体活動)が乳がんの発生率を下げることは報告されていますが、乳がんと診断された後の再発率や生存期間にも身体活動が影響を及ぼすことが報告されています。ハーバード大学とBrigham and Women's Hospitalの研究者が、乳がん診断後の身体活動と生存率の関係について検討するため、1984年から1998年の間にステージI,II,IIIと診断された女性看護士を2002年6月まで追跡調査しました。
 その結果、
乳がんと診断された後に身体活動を高めると、乳がんによる死亡のリスクを下げることができることが明らかになっています。もっとも効果が出るのは、週に3から5時間のウオーキングであり、これ以上にエネルギー消費量を増やしてもリスク低下に寄与するという証拠は乏しいようです。米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、「体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする」ことが勧告されています。乳がん治療後の再発予防においてもこの程度の運動が最適のようです。
(文献:JAMA; 293:2479-2486,2005)

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